《三浦光世-歌人 三浦綾子-作家の肖像》2001年
 油彩 カンヴァス 65.2×45.5cm 三浦綾子記念文学館蔵

私は山にむかって目をあげる。
わが助けは、どこから来るであろうか。
わが助けは、天と地を造られた主から来る。
旧約聖書詩篇第121篇1〜2節

―個展2001年大通美術館”表現”展示にあたり三浦光世様より絵に寄せられた文―

【プロフィール】三浦光世
1924年4月4日東京目黒にて出生。1927年 父・貞治、肺結核のため家族と共に父の開拓地、北海道滝に移住。この年11月28日父死去。棺の中の父を、母に抱き上げられて見る。その後、母とも別れ母方の祖父の家に預けられ約10年を過ごす。(兄と妹は父方の家にて成長。)1939年小頓別高等小学校卒業。同年4月、小頓別丸通運送社に事務員として就転。1940年中頓別栄林区署毛登別伐木事務所に検尺補助員として採用される。1941年腎臓結核にて腎臓摘出。1943年中頓別営林区署退職。1944年旭川営林区署に復職。1949年キリスト教の洗礼を受ける。1955年療養中の堀田綾子を初めて見舞う。1959年堀田綾子と婚約。1966年旭川営林商総務部経課退職。以来、妻綾子の著作活動に協力。妻の難病発病後その介護口述筆記にもあたり、1999年10月12日妻と死別。
著書に妻との共薯「太陽はいつも雲の上に」、自書に「少年少女の聖書物語」「妻と共に生きる」歌集「夕風に立つ」などがある。 
2001年10月
【プロフィール】三浦綾子
1922年4月25日北海道旭川にて出生。1935年旭川市立高等女学校を卒業と同時に歌志内の神威小学校教師となる。1946年教師を退職。肺結核発病により療養所に入所。1952年カリエスと診断。ギブスベッドに釘付けの生活が以後数年に及ぶ。小野村林蔵牧師により病床受洗。1955年三浦光世が見舞いに訪ねて来る。1959年三浦光世と結婚。1964年朝日新聞一千万円懸賞小説に「氷点」入選。1966年「氷点」単行本出版。「氷点」ブーム生まれる。以来、帯状疱疹、直腸癌、パーキンソン病と闘いながら著作活動を続けて多忙を極。1994年北海道新聞文化賞社会文化賞受賞。1996年小説「銃口」に対して、第1回井原西鶴賞を受ける。北海道文化勲章受賞。1997年第1回アジア・キリスト教文学賞受賞。北海道開発功労賞受賞。1998年三浦綾子記念文学館オープン。1999年10月12日多臓器不全のため死去。著書に「氷点」「泥流地帯」「自我の構図」「雪のアルバム」「塩狩峠」「続氷点」「道ありき」「命ある限り」「毒麦の季」「天北原野」「果て遠き丘」「岩に立つ」「積木の箱」「青い棘」「銃口」ほか多数。
                       2001年10月

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